世の中ちょっと やぶにらみ!

本音とたてまえ使い分け、視点を変えてにらんでみれば違った世界が見えてくる・・・かな?

「カジカ啼くふる里は今」

yattaro-

         

家内のふる里は、我が家から35kmばかり走った山間の小さな集落である。実家のすぐそばにある小さな梅園の管理を、義兄夫婦の勧めで引き受けたのは、私が定年退職を迎えた頃だった。季節に合わせた枝打ちや剪定、下草狩り施肥など慣れない作業に、難儀な仕事を受けたものだと嘆いたこともあった。でもそういった一連の手入れを繰り返すことで、毎年6月には50~60kgの青梅が収穫できた。
青梅は、梅干し、梅酒、梅ジャム、梅ジュースなど保存食に変身し重宝した。ご近所さんや友人にお裾分けして喜ばれる青梅外交にも貢献した。

梅林のすぐ下を流れる川には、ヒョロロロ~と哀調を帯びた独特の鳴き声をこだまさせるカジカガエルが生息していて、清流の歌姫の異名を持つその鳴き声は、梅ちぎりで汗びっしょりの疲れた体に沁み入るような涼感を届けてくれた。

あれから20数年。高齢と病を得た義兄夫婦は街なかの施設に移動した。その時点では実家の鍵を預かった家内は実家の出入りは自由で、梅林管理作業に行ってもシャワーなど不自由はなかった。3年前に義兄が91歳で永眠、義姉は寝たきりとなり、実家は甥の管理となった。家内のふる里は今、鍵のかかった古びた家屋だけが残されている。
私たち夫婦の体調不良などもあって、ここ3年ばかり梅林管理もできないまま。手入れができない梅林はあっという間に森と化して手が付けられなくなった。

かつては70世帯の集落で賑わったふる里が今では、10世帯を残して空き家が連なる限界集落となった。自治会活動やさまざまあったお祭り行事など一切が不能。

あの哀愁を帯びたカジカガエルの鳴き声だけが、お墓参りに行く私たちを懐かしく迎えてくれるだけ。家内の生まれた故郷は、だんだん近くて遠いものになっていく。

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