「友を語り己を語る」
今はまだ小さなさざ波が立つ瀬戸の海
別れと出会いの季節と言われる3月4月。ひと雨ごとに気温も少しずつ上がって来る。
桜の開花宣言も聞こえるようになり、寒さ対策・風邪対策に色々やってきたことから少し解放されるのが嬉しい。そんな解放された気分も手伝って、近くに住む親しい同級生を久しぶりに訪ねた。
季節が季節だけに、高校生活の思い出話から卒業式を挟んで、それぞれに親しかった友の、自分にしか知り得ない色んなエピソードに話が弾んだ。まさに二人っきりの「友を語り己を語る」楽しいひと時であった。普段は、特に意識しないまま表面上の社交辞令や上滑りな内容に終始する。こういった深い話をする貴重な時間にはなかなか巡り合えない。その結果が「こういうのを命の洗濯と言うんじゃろうね~」などと共に笑った。
どうかすると、二人だけだからこんな話もできるんだよ、などというシビアな話も盛りだくさんとなった。
中でも、学校推薦で就職した大企業を棒に振って、有名な写真家の元へ弟子入りした若さゆえの勇気とやる気を互いに褒め合う。当時の終身雇用を半ば約束された会社勤めを辞めて転職に踏み切るには、当然ながら親の承諾も必要だった等々。外からは見えない深い葛藤のあった。
青春・青年・壮年へと生きていく途中では、多かれ少なかれ色んなドラマティックな出来事を体験し、それらを乗り越え、潰されないように生きて来たから今があるし、こんな話が出来るんだね~とまた顔を見合わせて笑う。
こんな話を綜合すると、一人ひとりの生涯には壮絶な人間模様が隠されている。それはひとつの物語がすぐに書けるし、すぐに一冊の本に仕上がるだけの膨大なネタが詰まっているということだ。そのスケールが大きいか小さいかの違いはあるが、その中味の濃さはその人だけにしか味わえない深い味があるのだと思う。
快適な脳の活性化時間を過ごして、次なるはお腹ごなしに海辺のウオーキング。
静かな瀬戸の海も今はまださざ波状態。これが後1週間もすれば「ひねもすのたりのたりかな」となる。遠く対岸には白煙を空に向かって噴き出す元の勤務先工場群が。
やはり故郷はいいものだね~。友あり、情あり、働き場所がある。大切にしたいね~。