「私って何色?」
入学試験、入社試験などで必ず評価の対象とされる面接試験。どうかすると合否判定の重要なポイント稼ぎとなることもある。色々話を聞くと、この面接試験は苦手と答える人が多くを占めるようだ。親兄弟の間で会話が豊富か否か、世間話ができるか否か。いわゆる言葉のキャッチボールが、普段の生活の中に自然に取り込まれているか。それらの結果によって、いざ面接、という肝心な時に役に立ったり、逆に足を引っ張るかっこうになったりする。
今どきの面接試験の特色の一つとして、機転の利き具合や自分自身をどのように理解し評価しているかを、単純に確かめる質問として「自分を色に例えると何色か」と訊かれるそうだ。そんな質問を私に向けられたら、さーて何色と答えようか。普段あまり自分の胸の内をチェックしたがらない性格もあって、即座に答えが見つかりにくい。
でも答えなければならないとしたら、何事に対しても食らいつき、熱くなる性格から炎を連想させる「オレンジ色」などと苦し紛れに答えるのだろうか。
ゆっくり落ち着いて考えると、優柔不断もあり即結論を出し切れないところもあって、限りなくブルーかネズミ色が似合っていると考えたりする。
これまでの地域活動の中で、中学3年生対象の「高校入学面接練習」の面接官役をさせてもらって来たが「自分を色に例えると」などとは質問してこなかった気がする。今後の参考にしたい。
このような、個人の感覚を対象とした「あなたは何色?」と尋ねるのは、これからの子育てや教育活動で役立つものと考える。しかし、学校などの公的教育機関での特殊な色付けは問題ありと言えそうだ。
児童・生徒・学生に対する教育方針は、右にも左にも偏ってはならないし、赤や青や黄色をに染めさせてはならない。飽くまでも中立思想を堅持する、つまり色でいうなら無色透明か白が理想なのだと思う。色付けするのは本人の意思に任せることが大切。
花嫁さんが白無垢の衣装をまとうのは、嫁いだ先の家風に合わせて如何様にも染めてくださいという意思表示の白である、と父や母から教わって来た。そうはいっても花嫁さんには花嫁さんの人格もあり、人間としての尊厳もある。個人の意思で色んな色付けをするのを止めることは誰にもできない。してはいけないことの一つである。
結局、世の中色々。色で悩むのは人間の持つ煩悩の一つなのだろうね。