世の中ちょっと やぶにらみ!

本音とたてまえ使い分け、視点を変えてにらんでみれば違った世界が見えてくる・・・かな?

「哀しい出来事」

yattaro-

                                     

長い年月をかけて築き上げた名誉と称賛の声を、一瞬の出来事で全てを失ってしまう。これを悲劇と言わずして何を悲劇と言うのか。今の世の中にはそんな悲劇と呼べる事案があちこちに潜んでいて、いつ何時表面化するか予測が立たない。そんな不安定な時代と言えるのかもしれない。

自らの率直な疑問に対して、親や親しい友達ではなくスマホやパソコンに問いかける。すると間髪を入れず取りあえず答えらしきものが返ってくる。
ただし、それを鵜呑みにしていいのか、どこまで信頼するのか、。そんな疑問も自分の考え方も持たないまま、出された回答らしきものを信頼してしまう。これほど恐ろしいことはない。それほどに物騒な世の中なのだ、ということを親子や夫婦の間でよくよく話し合う必要に迫られている。

ひいきのチームであるなしにかかわらず、日本のプロ野球ファンの一人として、今回の阿部慎之助巨人軍監督の突然の辞任は、お気の毒を通り越して「惜しい、実に惜しい」という気持ちが強い。ある程度のエリートコース、ほぼ決められた出世コースを順風満帆の中で突き進んだ印象は強い。しかしその反面、実績を残し始める前の彼のひたむきな努力と、必死な練習姿を知っているだけに、その惜しさ悔しさは心に残る。

今回の逮捕騒動、突然の辞任劇それらの発端は、どこの家庭にもある姉妹喧嘩なのである。もちろん、親と言えども暴力はよくない。そんなことは百も承知。そこに親の愛情・我が子をいつくしむ親心が欠けていたとは思わない。親ゆえの愛のムチだったのだと思いたい。

ここに改めて思うのは『可愛けりゃこそこの手が上がる。憎てこの手があげらりょか』
昭和はこのことわざが通用したのだ。コンピューターが主役に座り、スマホ万能時代の令和は親子の情愛まで形を変えてしまう。哀しい、やる瀬ない出来事である。

今一度子育ての在りよう、家庭・家族の在りようを見直すことで、今回の出来事を無駄にしないように生きたい。

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