「セキレイ受難」
襲われてからおよそ半日、玉ねぎの陰に身を潜めて
致命傷となった、右羽の損傷

水を目の前に置いても、自分で飲みに来る元気は失せていた。
朝の起きがけに、隣の空き地で白色セキレイが、飛び立とうにも飛び上がれない様子が目に入った。その下には、どこかの飼い猫かノラ猫か、真っ黒い図体の大きな猫が、今まさにセキレイを捉えようとしているではないか。走り出て猫を追い払ったが、時すでに遅し。セキレイは右側の羽根が、ぶらんとなるほど重症の様子で飛べなくなっていた。それでも人間を見れば、必死にピョンピョン跳ねて逃げ惑う。捕まえることなどとてもできない。その時点では意外に元気そうで、なんとか助かるのかもと思わせた。
夕方近くになって、玉ねぎが生い茂る葉っぱの谷間にひっそりうずくまっている負傷のセキレイを発見。オッ、飛べないままエサも水もお腹に入れず、それでも上手に外敵から身を隠して回復を待っていたのかと感動させられた。なんとか水を飲ませたい。お相撲さんの仕切りの時に控えの力士が「力水」と称する、ひしゃくで水を差しだすのを思い出して、ひしゃくに入れた水を顔の前まで持っていったが飲もうとはしない。それほどまでに体力気力が失せていたのだろう。
動けなくなったちっちゃなセキレイを手のひらに乗せてタオルでくるんでやったら、ほんの少し動きが見られた。「なんとかなるかも?」。こよりに水を浸してクチバシにあてがったら二口三口啜ったように見えた。水でクチバシは湿らせたもののエサは何を与えるのか。スマホで探しているうちに、セキレイは私の手のひらで静かに目を閉じた。
コトリとその生涯を閉じた。こよりに浸した水は「末期の水」といえるのかもしれない。空き地の片隅に穴を掘って、ねんごろに葬ってやった。
朝のうちの元気な時に何としても捕まえて、動物病院に救急搬送という手があったのかもしれないが、急なことだしあの元気さを見たら、そこまでの知恵は浮かばなかった。
それでも、どこの猫ともわからない奴に無残に食われて、羽根だけを残されるよりは、暖かい手のひらで大往生を遂げさせたことで勘弁してもらうとしよう。
それにしても、生き物の世はすべからく弱肉強食。いつどこでどんな災難が降ってくるか分からない。今は人間社会においてさえ弱肉強食、武力がまかり通る嫌な世の中である。セキレイの冥福を祈り、人間の暴力の愚かさを慎む記念日になると有り難いのだが。
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