世の中ちょっと やぶにらみ!

本音とたてまえ使い分け、視点を変えてにらんでみれば違った世界が見えてくる・・・かな?

「気持ちを届けて」

yattaro-

       
         玄関先にある金色の新芽を吹く「金芽柘植」

何年ぶりになるだろうか、旧知の友に、文字通り久しぶりの手紙を書いた。
宛先は、山口県内の某市の現役市長として2期6年目を迎えて多忙を極めているはずの友である。今では私などとは生きる世界が違うが、かつては、山口県中学校PTA連合会の仲間として、時には口角泡を飛ばして「学校と親と地域社会の在り方・PTAの存在意義」などの議論に夜を更かしたり、愉快に騒げる気の置けない飲み仲間でもあった気持ちの安らぐ友でもある。

50歳を迎える私の長男が中学生の時、たまたまPTAの役員を仰せつかった同志の偶然の出会いが、遠く離れている今も、心の交流は続いている。
そんな彼のお人柄そのままに、今年4月発行の「〇〇市広報」を送って来た。先ずはA4版用紙に丁寧な挨拶や、胃がんの手術経過などに添えて「私の近況報告に代えて、広報に目を通していただければ幸いです。」と認められていた。

ここ数年は年賀状だけの交流であったが、やはり胃がん手術など健康面の不安など抱えると、その昔の他愛ない友が恋しくなるのだろうか。

そんな色んなことを思いながら、遠い昔話や、こちらの近況を丁寧に認めた。
どうかすると病歴の話に陥りそうになるところを、私より6歳若い彼に、不安を与えるような内容は控えめに。グラウンド・ゴルフを楽しんだり、この度の乗馬体験の写真を添えて、次元の異なる生き方だけど、健康であることの大切さ。市長という大役も体が資本。休むことも仕事のうち。気持ちを楽に、切り替えて臨むことの大切さ。など、今の彼に役立つ手紙になったかは疑問であるが、かつて議論を交わし旨酒を酌み交わした一人の男が、市井にあふれる高齢者の一人として、精いっぱい生きていることを伝えたかった。

上手な文章も書けないが、かっこよく飾りもせず、ありのままの気持ちを素直に、相手を思う気持ちだけを大切に書いてみた。これ以上もなく、これ以下もない、つたないながらも誠心誠意を汲んでもらえたらそれでいい。

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