世の中ちょっと やぶにらみ!

本音とたてまえ使い分け、視点を変えてにらんでみれば違った世界が見えてくる・・・かな?

「哀しみに寄り添って」

yattaro-

  サフランもどき

         

五葉の松、金芽つげ、柊(ヒイラギ)などが占領している玄関わきの小さな植え込み。
緑はふんだんにあるが、少し殺風景。何か花でも植えてみたらどうだろう。
そんな程度の考えで、何やらはっきりしない貰い物の球根を五葉の松の下に植えたのは数年前の話。一昨年あたりからわずか数輪が咲くようになった。ただ、今年の暑さでは花は見られんじゃろう、と思っていたら何とまあ今年が一番よく咲いた。
お天気続きでへんてこりんの8月をなんとかクリアーして見事に咲いた花。愛おしい。

そんな気持ちでこの「サフランもどき」と言う花を眺めていたところへ、小学校からの同級生、言うなれば幼馴染の女性からラインが入った。
三つ年上の旦那さんと相思相愛、仲睦まじいのろけ話も聞かされたこともある。
さて今日はどんな内容かな?

気候の挨拶とお元気ですか、に続いて思いもかけぬ内容が認められている。
「7月の終わりに主人を肝臓がんで亡くしてしまい、なかなか立ち直れない日々を過ごしています。5月の終わりごろに体調不良を訴え・・・・・・」病状の説明に続いて、「日ごろから100歳まで生きるなんて言っていたのに、私一人残してあっという間に逝ってしまいました。誠実で優しくていい主人でした。87歳で平均寿命は過ぎていたのだから仕方ないと思いつつも、なかなか受け止められないでいます」という内容。

ウ~ンそうか~。中学校同窓会の常連出席者であり、ローカル電車の最終便で帰るとき「必ず駅まで迎えに来てくれるから安心よ」と話していた彼女。やはり理解のあるご主人で、愛されている幸せを目いっぱい感じていたのだと思う。短い煩いでの急逝。本人にとっても彼女にとってもたまらない別れ方であったのだろうと想像する。
同窓会幹事代表としては、いつも協力してもらって有り難かったし、何かの折に一度ご主人に「いつも奥様に無理を聞いてもらって感謝しています」と挨拶したこともある。

そんな役回りを演じてきた幼馴染の私が、落ち込みの激しい今の彼女にどんな言葉をかけようか。難しい。迷うところではある。
ただ、お互いの年齢を考えるとき、先に逝った連れ合いを責める前に、どちらが先でどちらが後でもおかしくない立場であることを、改めて考えようや。みたいなことを返信してみた。
「愛する人との別れ、かけがえのない人を失う辛さ。長く生きているうちには色んな喜怒哀楽に遭遇します。それこそが人生というものだと思っています。たまたま私たちは今を生かされているだけで、いつ、どこで、どんな形のお迎えが来るか誰にもわかりません。分かっているのは、あなたも私も間違いなく逝くということです。後か先かの違いだけ。ならば、このたびのことはあなたがたまたま後になっただけなのだから、先に逝かれたご主人を精いっぱい、あなたの手でご供養することが、遺された者の宿命みたいなものかもしれませんね~」。

この程度のことしか言えないが、ほんの少しでも彼女の気持ちを理解しよう、この程度の幼馴染でよかったら思いの丈を言っておいで、聞かせてもらうよ。互いに生きている間は互いに応援団同志よ。と伝えるのがいいかなと考えた次第。
正直な話、元気で長生きするのもいいが、長生きによって、友達や身内を見送る立場に立つのも辛いことなのよね~。 

何は置いてもご縁のあった彼女のご主人のご冥福を祈って 合掌。

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