世の中ちょっと やぶにらみ!

本音とたてまえ使い分け、視点を変えてにらんでみれば違った世界が見えてくる・・・かな?

「長月ついたち」防災の日

yattaro-

            

今年もあと3分の1になった。今日はその1日目である。
ひと昔前までは、お盆が来たら涼しくなる。川に入ると猿猴(河童)に引かれるから泳ぎは止める。という自然の威力を恐れる風習や言い伝えがあった。
でも今は違う。いつまでも暑い。暑ければ季節を問わず水に入って遊ぶ。ただそんな現実的なものの考え方が主流で、観念的であったり、過去のしきたりや風習と言ったものは、二の次三の次である。

それにしても時は容赦なく流れる。8巡目の午年当たり年だから何かをやってみよう、などと考えたあの日からあっという間に半年が往き、早くも長月ついたち、防災の日を迎えた。この短い期間の中で、どれほど多くの自然災害が発生しただろうか。

熊本地震に次ぐ関東地方の雨災害、東北・北陸など日本海側の各地に大雨を降らせ洪水、浸水の大災害をもたらした。普段から様々な防災対策を心がけ、準備怠りなかったのだと思う。しかし襲い来る自然災害の威力は計り知れない圧力で、人間の備えなど意に介さないほどに痛めつける。

昨夜の三重県伊勢市では、伊勢神宮外宮の明倫商店街で、50棟を超える大火災が発生、こちらも普段から防火活動には細心の注意を払っていたのだと思うが、結果的には大きな災害となった。

ネパール・中国での土石流は、いまだ被害の実態が掴めないほどの人的物的被害が発生。死者行方不明者は6000人を超えそうな、文字通り大々々参事である。
いずれの災害も、危険予知とか発生予告など人知の及ばない、瞬時の出来事である。果たして私たち人間は、このような自然の猛威にどのような対処を考えればいいのだろう。

地震も大雨も土石流も避けられない自然現象なら、洪水・浸水・農作物被害はある程度は受け入れる。その代わり、人的被害だけは常にゼロを目指すといった固い防災意識の確立が望まれる。兎に角、人間を守る。命を守るのは当たり前、怪我もしないさせない。

防災の在り方も、災害発生の内容に合わせた実効のある防災意識が欠かせない。
先ずは『自分の命は自分が守る』基本中の基本であることを意識する防災の日にしたい。

×

非ログインユーザーとして返信する