「珍道中顛末記-3」
今回のお上りさん珍道中の大切な目標の一つ。大昔にお世話になった方とのご対面が、浅草観音、雷門前での待ち合わせ場所であった。
約束の時刻より早めに到着して「浅草寺お参り」を済ませておこうと、仲見世通りも少し足早に通り過ぎ、本堂にてねんごろに手を合わせた。

雷門の大提灯表側

雷門の内側から

賑わう本堂前

じっくり味わったきらびやかな、浅草寺五重塔

中央が目的のご対面の主。人力車の大学生アルバイト俥夫が賑わいを
思い起こせばちょうど30年前、本社勤務単身赴任を命じられた。
生まれて初めて、家族の過保護から解き放たれる自由は有り難いが、なんせ田舎者。どうやって慣れりゃいいの? そんな不安の中、住まいとして会社が準備してくれたのが、南浦和の借り上げマンションの一室だった。
品質保証部付け「サービスエンジニア」という肩書で、全国に散らばる工場から40~50代の訳知り人間が集められていた。各工場の製品を使用する出版社や大手印刷所を訪問し、使用状況や製品の改善点などの要望をあつめる。それを工場に伝達しさらなる品質向上を目指すという、本社と工場を結ぶ大切な役柄。荷が重いうえに、単身生活の不安で心細い日々であった。
そんな不安を見越して、マンション管理人のご夫婦から陰に陽に手を差し伸べて頂いた。都会生活の色んな話も伺った。ご主人は将棋の相手をしてくれて、気持ちを紛らわせてくれたり、朝寝坊した時の朝食を「おかあさん」と呼ぶ管理人の奥さんがうまくあしらってくれたり、気持ちを落ち着かせる手助けをしてもらった。
嬉しかったね~、気持ちが安らいだね~、明日も頑張ろう、そんな勇気をもらったね~。
長い人生の中で、数えきれない多くの出会いがあったが、その中でも忘れられない生涯の大切な思い出の人との再会は嬉しかった。30年前は小学生だったお嬢さんに連れられて、浅草までお出ましいただいた。珍道中の中で真面目に取り組んだひとコマである。
そして思うのは、浅草寺と言えば世界中の日本観光ファンが訪れる場所である。
かつては、我が物顔に大声でしゃべるまくり、日本人始め外国の観光客さえ眉をひそめたある国の観光客が少ないのに気づいた。それはあのごった返す仲見世通りでさえ英語が主流で、しかも少しトーンを抑えた人間らしい振る舞いを感じたのである。
確かに海外観光客の絶対数は減ったかもしれないが、せめて他国に来たら他国に対する敬意の一つも見せて欲しいものだ。郷に入ったら郷に従えとは、どこの国の言葉か?
今は世界中の高校生の修学旅行もやって来る時代。爆買いや異常な消費は期待できないかもしれないが、お互いの国、お互いの国民感情を大切にする人たちに、日本文化の粋を堪能してもらいたいものである。そんな感情が沸く今回の珍道中であった。
また気が向いたら、心に残った失敗談も含めてご披露させて頂きます。