世の中ちょっと やぶにらみ!

本音とたてまえ使い分け、視点を変えてにらんでみれば違った世界が見えてくる・・・かな?

「絵画展鑑賞」

yattaro-

旧知の友人から絵画展のご案内を頂いた。
永年、岩国絵画クラブの会員としてご活躍のベテラン女性画家で、市内のあちらこちらの画廊やアトリエで展示される腕前である。今回も100号・80号それに12号・10号の大作から小作品まで4点を出展されていた。

頂いたパンフによると今年で53回目という、ひとつの歴史を物語るような絵画クラブであり、出展者は延べ30人。展示絵画は76点に及ぶ、それはそれは見応えのある力作ぞろい。少し時間をかけてゆっくり鑑賞させてもらった。

中でも、最初に「オッ!これは面白い」とたまたま目に留まった大作が、ご案内を頂いた彼女の作品であった。
絵画展初日の昼下がりで来場者も多いことから、彼女自身も会場におられた。もっけの幸い色んな質問をしながら話を聞かせて頂く貴重な時間となった。
こちらも、以前ローカル新聞社のタウンリポーター経験があって、多少無遠慮かと思われる突っ込んだ話もソフトタッチで丸く収める聞き上手を務めた。

いろんな話の中で「これほどの作品を仕上げるのに所要時間はどのくらいですか」との質問は、こちらが後で赤面するほどの愚問であることに気付いた。
「これを描こうと決めて時から、下絵の構想から仕上げに至るまでの数回にわたる手直し、見直し、考え直しなどは時間に換算できないのよ。ベッドの中でも考えるし、部分的に手直ししたら他の部分への波及もあるし・・・」と。単純に時間が計算されるほど生易しいものではない、もっと奥の深いものであることを教えられた。それほどの作品に対するリアルなお気持ちを訊かされると、なるほど、それほどの紆余曲折を経て「まさに自分との格闘の末出来上がった作品がこれなのだ」という奥深さに納得である。

私には絵画という才能は持ち合わせていない。その分、ほんの少しだけ、見たこと、訊いたこと、感じたことを言葉に置き換える文章活動は、わずかではあるが経験を重ねてきた。今回の女性画家の作品と向き合う姿と、ささやかながら文章を書く時の心構えの共通点が見つかったのは嬉しい限りであった。

「絵も文章(エッセイ)も、作品として世に出す以上は、見も知らぬ大勢の老若男女の目に触れるものである。著す側は見て頂く人たちに敬意を表し、可能な限り書き手の意図した思いを伝える努力を惜しまず、親切に丁寧に、エチケットを持った作品にすること」。これを忘れちゃいけないよ。という結論に達した。言い換えれば「独りよがり」の一貫性のないものはいけないよ、ということか。
但し、文章と違って絵画の場合はある程度独自性を表現するのも、技のひとつであることを忘れてはならないのだろう。
いずれにしても、一芸に秀でるとは難しいね~、奥行きが広いもんだね~。

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