「卯月ついたち」
やがてギョーザのネタになる、ニラの花
令和8年卯月ついたち。実質的な令和8年度のスタートを迎え、年度替わりと言う一つの区切りに立ち会っている。
世界を揺るがせているアメリカトランプ政権と、地球のエネルギー宝庫であるイランとの戦闘収束は予断を許さない。世界の混乱予想の中で、円安は進み、日本株の下落は目を覆いたくなるほど。先週半ばから昨日まででおよそ5000円近い値下がり。年度替わりの今日は一転して2675円の株価急上昇。それでも日経平均は53700円程度でまだまだ青息吐息。世界情勢の鎮静化で株価の安定が図られるのがベストであるが、いつまたどう動くのか、素人には見当がつかない荒れ模様である。
「終戦と言う貧困時代」を子供心に焼き付けられて育った私たち世代は、何はなくとも戦争のない、平和で安定した毎日が何よりの幸せであるこを改めて実感している。
直木賞作家の澤田瞳子さんの「日本史寄り道、隠れ道」という長編エッセイによると、我が国の高齢者を保護する規定は太古の昔から存在していて、国を挙げた一大事業であったと書かれている。
日本の古代社会で用いられていた法律には、老人保護に関する規定がある。80歳以上の高齢者と身体障碍者には侍(じ)。つまり彼らの生活を支える人手を支給するという内容で、高齢者については80歳で1人、90歳で2人、100歳で5人が付与されたという。この人手は原則的には子や孫、もしくは血縁者が充てられる定めで、彼らは税の一部が免除され、代わりに高齢者たちの介護がまかされたという。
この規則が実際にどれだけ適用されていたかは不明ではあるが、国家が高齢者や身体障碍者を援助するシステムは古代社会から存在していたのだ。
一方で奈良時代平安時代には、天皇の即位や改元などめでたい出来事が起きた際に、国家による施しも行われていた。と記されている。
私たち年寄りが決して、あぐらをかいて高齢者福祉を待ち望むわけではないが、文明国家日本の歴史の一面には、世界に誇れる思いやり社会が存在していたことを嬉しく思う。
医療の発展で、病気による早世が少なくなり、人生100年時代と言われるようになった現在社会。その恩恵を享受しながら、健康で長生き、つまり健康寿命の伸長に我々年寄り自らも努力したいものである。年度替わりと言う一つの節目に思う雑感である。