「紙風船」
越中富山の薬売りが背負っていた行李 手土産の紙風船
ゴールデンウイークに里帰りしてきた孫姉妹にせがまれるまま、大型ショッピングモールの一角にある、昔ながらの駄菓子屋さんに連れていかれた。それこそ遥か昔を偲ばせるガラス瓶に詰められた駄菓子の色々を見せてもらった。そんな中にひときわ「オ~懐かしい」と思わせる紙風船を見つけた。油引きの薄い紙で作られ、折りたたまれたのを開いて息を吹き込む。まん丸に膨らみ、手のひらを上に向けてポンポン跳ね上げる。遠い子供の頃の思い出がよみがえる。
この紙風船はお金を出して買うものではなく、どこかの見知らぬおじさんが汗を拭きふき我が家にやってきて、上がり框(がまち)に腰を下ろし、背中に担いだ行李を卸し、その中から「ハイ、おみやげ」といって手渡してくれるのが紙風船であったり、丸い大きな飴玉であったりした。
その行李を担いだ見知らぬおじさんは、越中富山の薬売りさんで、家の鴨居や柱にぶら下げてある置き薬の袋の中身を確認して、使った分の代金を請求し、少なくなった薬品を補充して帰る。1年に1度訪れる季節の使者のような存在であったのを思い出している。一軒に数種類の薬屋さんの袋や、引き出し型の小さな箪笥形式のものもあった。確か「一貫堂」というのは、袋に書かれた文字が遠い記憶よみがえる。
今一つ、馬が前足を挙げて立ち上がっている袋の図柄も記憶にある。いずれも、薬を自由に先に使わせておいて後から支払いを求める「先用後利(せんようこうり)という越中富山薬売りの独特な商法であったようだ。
その販路は、おおむね日本全国の各地域、各戸別に薬の一式を置いていく行商人の集団であった。遠くは九州薩摩藩内を巡回する「薩摩組」とか、老舗の薬問屋が他を寄せ付けない京都の街になんとか取り入ろうとする「京都組」など、様々な知識を身に着けて、単なる薬売りだけなく格式を持った全国行商人の地位を築いてきたという。
それは全国の藩内事情に精通し、時に隠密としての役割も果たしていたらしい。
そんな人達を「どこかの知らぬおじさん」と呼び「紙風船をくれる人」と思い込んでいた昔が懐かしい。
今では、薬と言えば多種類の全国チェーン店がひしめいているうえに、外資系のチェーン店も至るところにある。さらに、越中富山の通販も盛んで、昔の置き薬に匹敵するほどの大型ドラッグストアが軒を並べてしのぎを削っている。
我々買う側にとっては、色んな選択肢があって有り難い。経営者にとっては、ひっきりなしにチラシを打たなきゃすぐに客足は遠のく。まさに世知辛いドラッグ業界ではある。紙風船もロハではもらえず、買う時代になっている。