世の中ちょっと やぶにらみ!

本音とたてまえ使い分け、視点を変えてにらんでみれば違った世界が見えてくる・・・かな?

「睦月つごもり」

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ここ数年では特別によく咲いた庭のサザンカが、咲き始めから随分日が立っているのに今もまだ堂々と我が世の春を謳歌する如く咲き続けている。敷き詰めるというほどではないが、赤い花びらが地面を彩るのは数年ぶりのこと、サザンカの役目を果たしてくれている。

ああそれなのに、頭の中では何をどうしたのか、よう分からんうちに早くも睦月つごもり、1月が終わった。ただただ時の過行く速さに驚くばかり。
とは言いつつも時系列に振り返ってみれば、やはり結構動いてはいるもんだね~。

今年のご来光、初日の出をカメラに収めようと出かけた元旦の朝。
年賀状が来るのを楽しんで待ちながら、発信受信の整理をした。
乗馬体験実現を目指して、2か所の乗馬クラブを訪ねたのは、松の内が明けて間もなくのこと。ただ今年の冷え込みが半端でないため、ビジター受け入れはもうしばらく先の暖かさを増してから実体験、ということで今のところおあずけ。

グラウンドゴルフ今年の初打ちも始まり、これはこれで楽しんでいる。
月半ばになって、大腸がん内視鏡検査の下剤服用アレルギー発症。慌ててあれこれ事後処理に奔走。このあたりから時間が一気に進み、あっという間に4、5日が進んだ。
そのうち、ちょっとした寝違いから、およそ40年前に発症した厳しいむち打ち症が蒸し返された。これが痛いのなんの。発症当時の痛さをそのまんま今に持ち越したような、寝るも起きるも座るも伏すも、一切がままならないこと4日。5日目の今日やっと一息つける小康状態にもどった。

こんな思いもよらないことで辛い思いをした分、格別に時間の流れを早く感じたのだろうか。今年早々、思うに任せない1カ月が過ぎた。
さて如月2月はどんな月になるんじゃろう。

政局の大きなうねりに飲み込まれて、株価はヨッシャーと思った上げ幅から一気に急降下。ガックリうなだれたり、こちらも動きが激しい。
2月8日の国政選挙、山口県は知事選も並行して行われる。如月の好転に期待をかけて睦月とおさらばするとしよう。

遊びをせんとや

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1942年1月28日生まれ、84歳の誕生日を昨日迎えた。それなりの元気と、少しの考える力が残っていると自分では思いながら、この年を迎えた。
アプリを取ったり、パソコンで何かを始めようとすると、そこには必ず生年月日を要求してくる。数字入力ならなんてことないが、「選んでください」となると、1942年を探すのにひと手間かかるような気がする。これを年寄りのひがみとでも言うのかな。


また一つ齢を重ねたからといって、自分の中では何も変わらず、昨日の続きだよという程度の感覚であるが、周囲からみれば間違いなく「お年寄り」の部類で、歯医者に行けば、診察台に座った耳のすぐそばで大きな声で「左下奥から2番目の歯が少し欠け・・て」と状況の説明をする。目の前にあるモニターを見れば一目で理解できる写真があるにも関わらず、一応マニュアル通りの説明を早口でまくし立てる。耳は悪くない。歯が悪くて来たのに耳も遠いと勘違いするのだろうか。「もう少し小さな声でゆっくりしゃべりなさい」と注意をしたくなる。他でもこのような場面によく出くわす。この年は「耳は聞こえない、理解が鈍い」というレッテルを貼られるのがちょっと辛いね~。 

ま、そんな贅沢言える年かいと考え直して、もうそんなに頑張ることもないのだから、優しく穏やかに受け入れるのを旨としよう。そこで思い出すのが ❝ 遊びをせんとや生れけむ  ❞ (平安朝時代の歌謡集「梁塵秘抄」)である。今まで散々汗も流した、無い知恵も絞ってきた。もちろん遊びもしたが、汗を流すかたわらのホンの休憩にすぎなかった。
もういいや、汗を流すのも知恵を絞るのも「遊びをせんとや」のためにだけ考えていいんじゃないの。遊びを忘れて汗を流すなどしたら、それこそお邪魔ムシ。じっとしていてと無視されるのがオチだ。静かに新聞や書物に目を通すのと、パソコンに向かう時間を確保して、運動不足を少し補うウオーキング。喉と声帯をキープするカラオケタイムも少々。やっぱり、遊びをせんとやの割には、段々欲が出てきてしまう。性分だね~

でも気持ちの上ではかなりの勇気ある転換である。どこまで続けられるか自らへの挑戦みたいなものだ。
寒い時季に生まれた割に、寒さにあまり強くはないが、そこそこにしぶとく。夏の暑さに対してもしぶとく耐えて、いましばらく、遊びをせんとや生かしてもらうとしよう。

「衆院選2026公示」

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耳にタコが出来るほど聞かされた、前回の衆院選挙から1年3カ月での解散総選挙。確かに、その短さと唐突さを批判する側される側、それぞれの論理があって、じっくりと聞いているとどちらにも軍配を挙げたくなるし、どちらにもお尻を叩きたくなる部分はある。どちらかが一方的に正義で、どちらかが一方的に邪悪であるなどとは思わない。そんな勧善懲悪の世界は水戸黄門さまのお裁きにお任せすればいい。
エッセイブログを標榜するからには「エッセイにイデオロギーは要らない」という基本理念は頭に叩き込んでいるつもりなので、今回の選挙の結果がどうあって欲しいとか、誰それがこう言ったとかどう言ったとかの議論のおさらいをするつもりもない。

それぞれの立場で、我田引水も含めて議論は尽きることはない。結局は我々国民一人ひとりが個人の考えをまとめ、投票という行為をもって意思表示をしたいものだ。そうするための国家を動かす選挙なのである。

★ 日本を強く豊かに  ★ 有権者に向き合う  ★ 将来へ投資訴える
★ 政治を変えるチャンス★ 中道を全力で支える ★ ひとりひとりが日本
★ 実行可能な政策を  ★ 憲法生かした政治に
私の住む山口県でも、党県連、党県本部など各党が談話を発表している。

このような色んな広報活動を吟味しながら、思い描く我が国の在りようを見据えて、2月の8日、立春は過ぎても未だ寒さの絶頂期ではあるが、投票所に足を運びたいものだ。もっともこの頃では、期日前投票の体制が進化し、投票体形も多様化されているのだから、選挙民として権利と義務の行使を果たしたいと思う。

誰がどのように政権を受け持っても、普段の生活を維持する経済環境、国家の安全保障の堅持、などなど私たち国民が、安心して子育てできる社会、安心して生活できる高齢化社会など、今まで築き上げてきた豊かな健全社会の延長を切望したいものである。

「市民活動カフェ2026」

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公民館を拠点に活動する様々な自発的グループ、ボランティア団体、趣味のサークル、各種NPO法人などが一堂に集まり、40近いブースを設けて、多くの市民とつながる「いわくに市民活動カフェ」が開かれた。それぞれの担当者が、自分のブースに集まった人たちに活動内容をアピールしたり、丁寧に説明して、活動への参加を呼び掛けたり、大変な賑わいを見せた。

山口県PR本部長「ちょるる君」や岩国れんこんのマスコットキャラクター「はーす君」、それに実行委員会がこしらえたティラノサウルスのぬいぐるみなども会場を盛り上げていた。かつては、宇野千代顕彰会の一員として、写真パネルを作ったり、著書の販売PRなどの一役を受け持ったこともあって、1年に1度の市民活動カフェには、つい足を運んでしまう。それぞれのブース担当者が必死になって自らの活動をアピールする姿を見ると、力にはなれないまでも応援をしたくなる気にさせられる。

自分たちの趣味の範囲なのだから勝手にやったらいいじゃん、というご意見もあろうが、そこにはボランティア精神というか、奉仕の心根が求められる。労多くして益なしと言われる徒労に似た部分はあるが、自らが何かをすることで、誰かの何かの役に立つことだと信じれば、苦労覚悟でやってみるべきである。
見返りを求めない縁の下の力持ち。ときには「よくやるよ、バッカみたい」と自分で自分を嗤うこともある。が、気持ちのどこかで「やってよかった・・・」と思う日が必ず来ることを、これまで生きてきた経験の中で知っている。

こういった力が結集してくると、自分の住む周辺が生き生きしてくるのだと思う。 世の中そんなに単純ではないことも理解している。
あの、江戸幕府をひっくり返し、新しい日本を作り上げる基礎を築いた「幕末の志士坂本龍馬」を引き合いに出すのはおこがましいかもしれないが、「世の中の人がなんとも言わば言え我が為す道は我のみぞ知る」という精神で彼は大事を成し遂げた。
たかが市民活動ではあるが、旗振り役をする人の気持ちの奥には、これと似たような熱いものが潜んでいるように思う。
これからも楽しみながら、地域社会の盛り上げ役になってほしいものである。

「日本列島 選挙だらけ」

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  日向ぼっこをしていたカモの一群が、私に驚いて一斉に水の上へ 
         
        真っ新な砂浜に自分だけの足跡を残す心地よい海辺のウオーキング  

任期4年の衆議院が、前回の選挙からおよそ1年3カ月で解散となり、来月8日日曜日真冬の総選挙実施となった。解散の大儀は、何故今なのか、来年度予算決定が遅れる、など色々言われる中での解散劇。与党に有利なのかそれとも野党有利に動くのか、興味深く見守っている。

なんだかんだ色々あるが、衆院解散は「内閣総理大臣の専権事項」と明確に憲法で決められている以上、その時の総理大臣の考え方ひとつで解散は実行される。この点に問題ありとするのなら、憲法審査会なり有識者会議なりを立ち上げて、根本を審査すればいいようなものだが、そこまでの議論は持ちあがっていない。

何かことを成して現状を打開しない限り『解散と言ったら解散なのよ』という論理は成り立つ。後はつべこべ言う前に、選挙を勝ち抜く手段の実践と選挙民の賛同を集めることに最善の力を発揮することだね~。この程度のことなら、私などの素人にもわかる。

東京に次ぐ大都市大阪では、府知事選と大阪市長選ダブル選挙の上に衆院選が重なってまさにトリプル選だという。国政、府政そして市政となれば、各選管も開票集計業務に携わる自治体担当者も大変なご苦労である。かく言う山口県でも県知事選挙が早くから決まっていたところへ国政選挙とダブルとなった。大変だろうなと今から心配している。というのも、2月8日という真冬の深夜までの作業となる、某開票所の開票速報要員を依頼されている身としては、開票作業の順調な進捗を、今から願っている。

2週間先のことをあれこれ思い煩うのも得策ではない。と気持ちの切り替えに、今日も
海岸線へウオーキングに出かけた。海岸に沿っている団地を抜けて海辺へでたとたんに、バタバタバタ、音を立てて数十羽のカモが一斉に海上に逃げ水面を漂っている。せっかくの日向ぼっこを邪魔して悪かったね~、さぞかし寒いじゃろうね~、焚火でもして温めようかと同情しても、カモはなかなか陸には寄って来ない。
それこそ大きなお世話でした。カモもメダカも人間どころではない強さを持っている。水の中でも寒さに耐える強さを備えている。そんなバカなことを考えながら、波に洗われた真っ新な砂浜に、自分だけの足跡を残す海辺のウオーキング。憂さも忘れて歌の一つも歌いたくなるから、もうしばらく人間をやっていられそうだ。