世の中ちょっと やぶにらみ!

本音とたてまえ使い分け、視点を変えてにらんでみれば違った世界が見えてくる・・・かな?

「祥月命日」

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お盆14日は、父の祥月命日である。
1899年(明治32年)生まれなので、存命なら127歳という計算になる。
今から53年前、父74歳の夏は格別に暑かった。ただ、当時は今のように熱中症対策が声高に叫ばれることもなく、日射病注意とか、暑気あたり注意とか言われる程度で、高齢ではあったが暑さ負けして命を縮めるなどとは考えてもいなかった。

4・5日前から食欲がなくなり、おかゆを中心の水分補給でしのいでいた。生来元気な人だっただけに根っからの病院嫌い。病院行を勧める私たちと喧嘩になるほどの頑固一徹。しかも病院が盆休みにならないうちに、と焦る私たちを尻目に自我を通した。それでも、こんな弱り方をする父の姿を見たことがなかったので、何が何でも明日は病院に担ぎ込む覚悟で、大病院に予約を頼み込んだ。8月14日昼前のことである。
明日こそ病院へと思う私たちの北と裏腹に、一気に脱水症状が現れた。

夕方に近づくにつれて益々弱るのが見えた。兎に角近くの内科医院に往診を頼んで診てもらった。緊急点滴などという応急治療もできないまま、臨終を迎えた。
その時点では、大喧嘩してでも無理やり診察を受けさせればよかった、と大きな悔いを残した。その一方で、あれほど嫌がる医師の診察を受けさせていたら回復できたのか。
今となっては、頑固一徹で生きた父親らしく、本人の意思を通して、自からの手で三途の川に漕ぎ出して、自力で彼岸にたどりついたのなら、それはそれでよかったのかな、と遠い昔を思い返している。

それにしても人生とは面白いものだと思う。思いのままに生きることで、妻や子供に貧乏させた。反面教師の部分が多かった頑固おやじだったのに。現世を終えてお浄土への旅立ちは、親戚縁者が寄り集まって先祖の霊を慰めるお盆の14日とは。仏さまが何か勘違いをされたのではないか、と疑った時代もあったが、それらの全てが今や時効。
私たち子供に、厳しい試練を残し、真面目にしっかり生きることの大切さを教えてくれた父。と思うことで74年の父の生涯を思い出している。

そして私は今、父の生きた年数を10年超えて生きている。
やっぱり、人生いろいろだね~。

「遠花火!」

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今宵は、山口県下関港と北九州市門司港協賛の、関門海峡大花火大会の様子をテレビで流していた。
残念ながらご当地岩国市では、これほどの大規模花火大会は行われない。せめてもの慰みで、テレビ画面から何枚か撮らせて頂いた。

皆様すでに、「花火大会はあちこちで何度も見たよ」とおっしゃるでしょうが、ところ変われば品変わるとか申します。遠くで上がる遠花火。少しですが、夕涼みの気分を味わって頂ければ幸いです。

関東方面には台風15号の上陸に伴う、レベル5という大雨警報が出される雨災害に襲われて、大変な目に遭われている。
縦長の日本列島、山口県には雨も降っていない。もっとも、雨が降らないから花火大会も行われているわけだが、夏休みど真ん中のお盆で、人の移動も激しいこの時期に、お天道様も気の利かない振る舞いではある。

願わくば、雨の少ない瀬戸内海沿岸部にも、是非大地を潤し、地表温度を下げる雨が欲しい。降り過ぎるのは危険だが、降らなすぎるのも、山川草木枯渇寸前である。
ほどほどに、全国に平均的にばらまけないものか。こればかりはね~。

兎に角、線状降水帯などという積乱雲のかたまりが、少しでも早く移動して、大災害にならないことを願ってやまない。何はおいても身の安全に最大の注意を払われんこと祈りつつ、心からのお見舞いを申し上げます。

「お盆を迎えて」

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照り付ける日差しに向かって鮮やかに咲くサルスベリ(百日紅)。この花が最盛期を迎えるころ、一年の中で最も暑い季節という印象が強い。
ちょうどその頃がお盆の入りと重なる。8月12日、ご先祖の霊が迷わず我が家に帰られるよう、角先で火を炊いて目印にすると言われる、「迎え火」の宵である。但し、私の住む地域ではその風習がなく、静かに仏壇に手を合わせるのみ。

一方で今年も、大きなバケツ2杯の水と、洗剤・タオルなど掃除グッズ一式を軽トラに積んでお墓掃除に出向いた。日の暮れ時分を見計らって出かけても、墓石や灯篭をゴシゴシやると汗は滴る。持参のマイボトルで水分補給。何年やっても、「大変な作業だね~」。「子供たちに引き継ぐのも気が引けるね~」という会話になる。

自分たちは、今年も元気にお盆を迎えられたから墓掃除ができる、という感謝の気持ちさえ湧いてくるが、クルマで3時間もかかる隣の県に住む長男夫婦に、墓守をゆだねるのがいいのかどうか。増してや彼らは、勤務先近くのマンションを購入して住んでいる。彼らの生活基盤も確立されている。
毎年、この時期になると真剣に迷う一大事である。結論を急ぎ過ぎず、悠長に構え過ぎないよう、悩まされる熱い季節である。

先月末に亡くなり、新盆となるカミさんの義姉のお墓参りにも行ってきた。山あいの小さな集落にひっそりと建てられている。ここも、子どもたちは都会で働き都会に自分たちの住居を構えている。カミさんの生まれ育った家は、鍵が掛けられ、棲む人もない家屋だけが残されている。近い将来、墓守をどうするかの結論が急がれる。

一家の跡目を継いだ者が共通して悩む、ご先祖様の守り方。難しい課題である。
なんかしらお線香の煙に巻かれたような話で恐縮ながら当事者は、慎重に、真剣に、みんなが幸せになれる将来を考える義務を背負っている。ウーン、難しい。

「先ず1勝!」

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         甲子園2026.8.10 高川学園 対 高岡商業

  
      高川学園 応援席            高岡商業 応援団

各都道府県を代表して甲子園球場に集結した高校球児たち。
熱中症対策をしながら、郷土の誇りを胸に戦っている。今日で早くも6日目を迎えた。
山口県代表は、防府市にある「高川学園高等学校」。今や県内屈指の甲子園候補として君臨している。

対するは、富山県代表の「高岡商業高等学校」。手に汗握る接戦を展開。幸運にも2回の表、高川学園が2点を先取。その後も順調に得点を重ね、終わってみれば7対1で勝たせてもらった。何はともあれ初戦突破は、郷土としては嬉しいもんだ。単純だね~。

今さら言うまでもないが、高校野球の面白さ・醍醐味は、ユニフォームを真っ黒にして必死に白球を追い求めるところにある。気持ちが高ぶり過ぎて捕れるはずのゴロがするりと後ろに抜けたりする。「エラーしたくてするわけじゃない」と弁護する。もちろんエラーしたくてエラーされては投手はたまらないし、9人で戦う団体ゲームなのだから、8人の足を引っ張ることになる。
それでも、自分の犯したエラーを何とか取り返そうと、さらに歯を食いしばる必死の形相がなんとも言えない魅力である。勝っても負けても、やっぱり頑張れ高校球児である。

先ずは1勝させてもらった山口県代表。次も頑張れ!応援しているよ!!

「長崎 平和祈念式典」

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           長崎原爆の日 平和祈念式典 2026 

 
  原爆投下により、多くの人が水を求めて亡くなった。供養のお水供え儀式

8月6日の広島に続いて今日は長崎原爆の日。午前9時02分の原爆投下時刻に合わせて、世界の恒久平和を願う、長崎平和祈念式典が行われた。
岩国市でも、午前9時2分、Jアラートスピーカーから流されるサイレン吹鳴に合わせて、原爆死没者を追悼する気持ちを込めて市民が黙とうを捧げた。

核兵器廃絶が叫ばれる中で、侵略戦争当事国が平然と核使用をちらつかせる世界情勢。どんなに大きな声を上げても、百回千回核廃絶を唱えても、作り続けることはあっても廃絶に向けた動きは見られない。この矛盾、どう捉えればいいのだろう。

たとえば、最初に原子爆弾を作らせた人、作った人、を明確にして、その業績は人類破滅兵器の製造者として✖印のレッテルを貼るとか、それを真似て現在も作り続ける国家は世界悪として地球規模の制裁を課す。もしも核兵器のボタンを押す為政者は、国連刑場において銃殺刑に処す。といった具体的な対策を講じない限り、核兵器のない地球は期待できないのではないか。

兎に角、原子爆弾は兵器というより、無差別大量殺りくの手段でしかない。そんなことも考えずに、あそこもここも、核武装することで自国は安泰である。などと言う神話を信じる為政者が存在する限り、核なき平和な世界が来るのか、気がかりではある。
核を使えば核で仕返しされる。それこそ双方滅亡の一途である。
核のボタンを押したら即銃殺刑。そんな強い国連の実現を夢見たい。

文明が発展すれば確かに便利な世の中になるし、何かにつけてスピード感は上がる。
しかしそのことが本当にいいことづくめで、人類が間違いなく幸せになれるのか。
フェイクニュースははびこる。その陰にはそれを仕事にして収入を得るシステムが付いて回る。収入になるのなら、人の迷惑顧みず、顔も声も姿も加工して興味本位のフェイク映像が出来上がる。夏の風物詩、四国の阿波踊りの華麗な女性姿まで、いかがわしい映像に歪曲されて収入源となる。こんな世の中が、本当に文明豊かな幸せだといえるのだろか。

もう少し長生きして、やり残しの部分にケリを付けたい思いもあるが、なんかしらアホらしさも感じる。単なる取りこし苦労ならいいのだが。